選手インタビュー:思い出 のレース(1)
 今回は選手の思い出に残っているレース、大会について思う存分語ってもらいたいと思います!
 

■2015年日本選手権:山本 大志

 思い出のレースは、大学年の時に出場した日本選手権(1500m)です。

 日本選手権は文字通り日本一を決めるレースであり、日本最高峰のレースといっても過言ではありません。出場する選手は有名な選手が多く、「この人たちと勝負するのか」と、不安で仕方ない気持ちになったのを覚えています。 
 
 レース当日、いつも自分はレース前にレッドブルを飲むのを習慣にしていますが、その日は、そのレッドブルを買うのを忘れていたくらい緊張しっぱなしで、レースに臨みました。そして、レースでは何もすることが出来ないくらい惨敗し、あっけなく終わってしまいました。

 ここ数年は出場すら出来ていませんが、いずれまたあの舞台で走れるように頑張ります。
 

■2010年近畿インターハイ予選5000m:吉村 直人

高校年生の時に県予選を抜け近畿インターハイ5000mを走りました。それなりに持ちタイムもあり 、良いレースが出来れば 全国インターハイに進めると思い走りましたが、結果は惨敗でした。他の強豪校の勝負強い走りを目の当たりにして力の違いを感じ、とても悔しく落ち込みました。

当時私の学校ではそれほど練習メニューもあったわけでなく、鬼ごっこや各自で走ることも多かったので基礎などは全くありませんでした。しかし悔しい思いをしたレース経て私は陸上競技にしっかり取り組むようになりました。

 悔しい思い出こそが、これまで走っているバネだったのかなと今では感じています。
 

2010年近畿ユース3000mSC:高橋 流星
  
 このレースは県大会でたまたま勝つことができ出場することができた試合でした。

 それまでまともに練習してこなかった自分にはレベルの高い試合で結果はもちろん最下位という悔しい結果に終わりました。

 結果は最悪のレースでしたが、このレースの悔しさがあったからこそ陸上競技に対する意識が変わり、今でも競技を続けることに繋がった一番の思い出のレースです
 

■第47回全日本大学駅伝:佐藤 淳

 私が、いちばん思い出に残っているレースは、大学年時の全日本大学駅伝です。

 アンカーである最長区間の
8区を走りました。位で襷をもらい、前とは分以上、後ろとは1分以上の差があり、人旅。チームメイトの誰もが位表彰台は確実だと思っていたようですが、残り400mで後ろの駒澤大学に抜かれ、位でゴールしました。

 非常に悔しく、チームに申し訳なく、皆に合わせる顔がないほど落ち込んだのを今でも覚えています。そんな時、さり気なく声をかけてくれた先輩方や同期の言葉は、今でも心の中に残っています。監督には滅茶苦茶怒られましたが(笑)

 いちばん悔しい思いをした、私の大事な思い出のレースです。
 

■第89回箱根駅伝:松村 和樹

 
私が記憶に残っている大会は第89回箱根駅伝です。この大会に私は出場する事ができませんでした。走れる体調で箱根駅伝エントリーの12月を迎え、7区にエントリーされましたが、元日の刺激練習を終えた時にエントリー変更を告げられました。理由は別の 候補選手の方が調子がいいから、ということでした。はじめは何で?と悔しさが込み上げ現実を受け入れられずにいましたが、結果を見たら、悔しいながらも 「自分にこの走りはできない」と思わせる走りを他の選手がしていました。
 
 自分の努力は全然足りないし甘かった、そう思わせてくれた大会であり、そこから自分の意識に火がついたように思います。
 
 悔しい思いをした箱根駅伝こそ自分は強くしてくれたと感じますし、今ではいい箱根駅伝だったと思います。
 

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