第1回

アモルファス合金ワイヤの誕生と
セキュリティセンサタグへの応用ビジネスものがたり

1972年、米国のアライドケミカル社(のちアライド社)が、「夢の合金アモルファス」のサンプル供与開始を全世界に発表しました。筆者も早速サンプルを入手しました。幅2ミリ、厚さ30ミクロン、長さ15センチの銀白色の細薄帯(アモルファスリボン)です。まず、その機械特性が際立っていました。カミソリの刃のような弾性体です。引っ張り強度も非常に高く(300 kg/mm2)ピアノ線と同等以上の強さです。このアモルファス薄帯は、すぐに米国の大学で電磁気特性が調べられ、結晶質でないため非常に優れた軟磁性体であることが応用磁気学会で発表されました。電力損失の少ない電力変圧器の磁心や、高周波ラジオ電子回路部品などへの応用が期待されました。入手したサンプルは、いわゆる鉄系のアモルファス薄帯で磁気特性が応力に敏感な磁性体であったため、研究室で種々の高感度の応力センサ電子回路を考案し、電気系の学会で発表しました。この夢の合金;アモルファス合金は、米国カリフォルニア工科大学のPol.Duez教授が1960-1970年の10年間かけてピストン・アンビル超急冷法でFePC合金箔体として実現したものです。そして間もなく同研究室のスタッフによって、鋼や真鍮などの熱伝導単ロール法や双ロール法などで連続的なアモルファス薄帯として作成されるようになり、冒頭の企業で実用化されました。

この夢の合金(磁性体)ブームの中、1976年にアライドケミカル社のR.C.O'Handley 研究員は、単ロールの表面にV字型の細い溝をつけて、長さ約40cmのワイヤ状のアモルファス合金を作成しました。同氏の研究成果は、このアモルファスワイヤで磁壁がワイヤ長さ方向に伝播することを見出したことです。この磁壁の伝播特性は、翌年英国シェフィールド大学のJ.C.L Bishopによって詳細に解析されました。

このアモルファス合金ワイヤは日本で注目され、大阪大の大中逸雄教授が回転ロールの内側に水を入れて回転させ、その水中に石英管のノズルから溶融合金を注入しアモルファス合金ワイヤを作成する方法を考案しました。この新しいアモルファスワイヤ作成法(水中紡糸法)は、直ちに東北大の増本健教授研究室において、ユニチカ中央研究所員も参加して真円断面の一様な長尺ワイヤが作成できる実用的レベルまで改良され、1981年のRQ8国際会議でサンプルとともに公表されました。

1982年には、増本教授の薦めで、当時筆者が勤務していた九工大にユニチカ中央研究所がこの長尺アモルファスワイヤ(FeSiBC)を持参し、応用を探索することになりました。ただちにその交流磁化特性を調べたところ、従来の磁性体には見られない奇妙な現象が見つかりました。微弱な磁界によってワイヤ長さ方向に磁壁が長距離を伝播する現象でした。そこでこれを「大バルクハウゼン効果」と呼ぶことにしました。当時日本にも普及し始めていた米国のウィーガントワイヤに比べて約100倍の高感度であり、しかも数メートル以上も一様に伝播する夢のような磁気特性です。直後に、米国ボストン大学のProf. F.B. Humphrey から国際電話が入りました。教授の探索中の磁性体にぴったりです。教授は直ちに渡航来日し九工大での共同実験が始まりました。クーラーなし熱中症要注意の実験室での集中実験でした。教授の米国帰国後、ただちに米国のセキュリティセンサベンチャー企業Sensormatic Ltd. の幹部グループのユニチカ(株)訪問・ビジネス交渉・契約の運びとなり、アモルファスワイヤのスーパーマーケット万引き防止セキュリティセンサタグへのビジネス開始となりました。

このセキュリティセンサシステムの技術は、activation-deactivation のコンセプトを含め、大変興味深いものですが、紙面の制約で別紙を参照ください。このシステムの社会的必要性は、公共倫理観の高い1980年代当時の日本の社会では余り考えられないものでした。アモルファスワイヤセキュリティセンサタグビジネスは1985-2007年の長期に亘り、技術の機密性のため余り知られませんでしたが、磁気応用技術としてはアモルファスワイヤの特異な機能に支えられた隠れた長期大ヒットとなりました。

2014年からは、このアモルファスワイヤ(金属繊維)の事業は、マスコミ発表にありましたように、ユニチカ(株)から愛知製鋼(株)に移りました。アモルファスワイヤはセキュリティセンサタグの後は、組成や形状(線引き細線化)および効果(外殻部の磁気インピーダンス効果)を変えて、スマートフォン用電子コンパスMI素子用を中心に、愛知製鋼(株)- ローム(株)2社体制で量産されています。

アモルファス合金ワイヤの基本特性

I. 機械的特性

  • (1) 結晶質合金でないため、機械的に弱い結晶粒界がなく機械的強度が高い。線引き加工されたアモルファスワイヤの引張強度は約400 kg/mm2 あり、ピアノ線より強靭である。
    結晶粒界がないため、材質が一様である。断面は真円である。
    このため、情報プリンタの静電気除去刷毛の場合、しなやかでかつ破断のない長寿命の導電刷毛となる。ゴルフシャフトや釣竿の補強にも広く応用されている。
  • (2) また結晶面のすべりがないため塑性変形がなく、強靭弾性体である。弾性率は95%である。微結晶の存在のため5%の塑性率がある。この僅かな塑性率のため線引き加工ができ、多数回のダイヤモンド線引き加工で、as castの 130 μm径から約11μm径まで線引きされる。
  • (3) 結晶化温度は約550℃である。ただし長時間での微結晶化の可能性を考慮し、長時間使用は200℃以下が望ましい。

II. 電気特性

  • (4) 結晶構造がないため荷電子帯が明確でなく電導電子の走行が平滑でないため電気抵抗率が130μΩ-cmと高い。(3%SiFeで約60μΩ-cm、NiFeで45μΩ-cm)このため、電子回路部品として小型化できる。
    また渦電流が流れにくく高周波部品になる。

III. 磁気特性

  • (5) 結晶磁気異方性がないため、磁化回転が容易である。磁化特性は基本的に磁歪エネルギーで決定される。Coリッチの零磁歪アモルファスワイヤ(CoFeSiB)は微弱な磁界で磁化されるので、高感度磁気センサの磁心に使用される。
  • (6) アモルファスワイヤの超急冷凝固過程の残留応力の分布により、磁区構造は、ワイヤ長さ方向(軸方向)に磁気異方性をもつ内心部と、ワイヤ円周方向に磁気異方性をもつ外殻部に大別される。(ハンフリー磁区モデル)
    大バルクハウゼン効果は、この内心部を磁壁がワイヤ長さ方向に伝播する効果であり、磁気インピーダンス効果(MI効果)は、表皮効果により外殻部の磁化回転のみを利用する磁気センサ効果である。

IV. 化学特性

  • (7) アモルファスワイヤは結晶粒界がないので、基本的には耐食性が高い。Co系アモルファスワイヤはステンレス鋼より耐食性が高い。MI素子は耐食処理が不要であり、より小型のセンサ素子である。一方、原因は不明であるが、鉄系アモルファスワイヤは錆び易い。このため耐食性が必要な場合は、Crの添加が必要である。