第7回
技術の社会性
2017年、「技術の社会性」を鮮明に現出した好例は、「クルマ自動運転技術実証試験」での「フェライト磁石道路マーカ磁気ガイドシステム(愛知製鋼(株)開発・先進モビリティ(株)活用)」であろう。クルマの自動運転は、環境問題や超高齢社会化問題などを背景に、次世代クルマ社会のありかたの模索の一環から派生した新技術の模索であるが、「人間(運転者)のセキュリティ能力をクルマ(機械)がどの程度代行できるのか?」という課題がもっとも重要であり、「技術の社会性」の核心の課題である。
これは、人類の経験としては、産業生産活動におけるロボット導入の場合と似ている面がある。
そこでの経験で明らかになったことは、「単純繰り返し労働はロボットに適し、臨機応変のセキュリティ能力は人間が優れている。」という常識的な事実である。クルマの運転では、自動車学校で運転の基本の訓練を受けた運転者が、街中等を昼夜や天候の変化に拘わらず、臨機応変(セキュリティ)の連続で相当なスピードで運転行動を行っている。セキュリティ能力の裏腹には、人間の「気まぐれ特性」があり、前方不注意や居眠りなどによる一瞬のセキュリティレスで交通事故を引き起こす。このような、条件設定や予測、測定が不可能で不確定要素の多い人間のセキュリティ行動を制御対象とすることは、これまでの科学技術にはないものである。そこで、クルマの自動運転での最大の課題は、「昼夜や天候の変化に拘わらずに、人間(運転者)のセキュリティ能力を機械でどこまで代行できるか?」と言うことになる。
このため、日本においても政府官公庁主導の現地実証試験が多く実施されている。愛知製鋼開発の「フェライト磁石道路マーカ・クルマ(バス)車体下部取り付け高感度磁気センサ(MIセンサ)アレイモジュール組み合わせ磁気ガイドシステム」は、フェライト磁石を2m間隔で道路面に設置し先進モビリティ(株)の試験バス車体下部にセンサモジュールを取り付けて、2017年に以下の3件が実施された。
- (1) 国土交通省;滋賀県道の駅「奥永源寺渓流の里」域中山間公道 11月11-17日
- (2) 国土交通省;北海道道の駅「コスモール大樹」域積雪時公道 12月10-17日
- (3) 内閣府;沖縄県ショッピング地域バス停での正着制御 10月3日-12月13日
その結果は、(1)「GPSの電波の捕捉に不具合が生じバスが道の外側に膨らんで走行する場面もあった。」などの滋賀県道の駅実証試験でのマスコミ記者同乗会のレポートにもあるが、GPS方式、画像認識方式、レーザーレーダーセンサ方式などでは多数回のトラブルが報告されている。いずれも昼夜の影響や天候の影響を受けたためであり、「人間のように昼夜、天候に拘わらずセキュリティ能力で認識する」ことができないことが再認識された。一方、磁気ガイドシステムでは予想通りトラブルゼロであった。「人間のように昼夜、天候に拘わらずマーカ磁気を安定に検出できる」ためである。(2)の積雪時対応クルマ走路認識試験では、「積雪時に除雪車の運転手(人間)が走路(レーン)を判別できずに車体が側溝に転落する」ことを予防する試験であり、「人間のように」から「人間を超えて」走行の安全を保証するものである。(3)では、「高齢者のバス利用のために、バス停でバスがぴったり停止する(正着)」課題の実証試験であり、バスのバス停手前からの侵入経路から誘導が必要である。これも「人間を超えて常に正着する」システムと言えよう。磁石の着磁は半永久的であり、磁石の発生磁界は、昼夜や天候に影響されることのない極めて安定な媒体である。(1)、(2)、(3)の現地実証試験は、「技術の社会性(新技術の社会への受容性)」の典型例であり、「社会に役立つ技術のありかた」の教科書のようである。
愛知製鋼の記者発表のように、以前の磁気ガイド方式では、環境磁気ノイズより強い磁界を発生する高価な希土類強力磁石マーカを道路面に設置し、車体下部に低感度の磁気センサを取り付けた磁気ガイドシステム(2005年愛知万博会場間無人運転バスIMTS)があるが、システムが高価格になり、実用の見通しが得られなかった。そこで今回、愛知製鋼では、既に確立している「電子コンパス用高感度マイクロ磁気センサ(MIセンサ)チップの量産技術」を「技術基盤」に、多数個のMIセンサの多重差動システムと高速化ディジタルフィルタ等のディジタル信号処理技術を組み合わせた「環境ノイズ磁界より小さな信号磁界を検出する磁気センシングシステム」を開発することによって、微弱磁界発生のフェライト磁石(低価格磁石)を道路磁気マーカとする磁気ガイドシステムを開発した。これにより、実用的な磁気ガイドシステムが実現した。
この新磁気ガイドシステムは、多くの重要な意義があるが、以下のように3点で総括してみる。
1.磁気センシング技術の革新・技術基盤
従来の磁気センシングの手法(磁気ノイズの大きな環境では低感度の磁気センサを使用する)を革新し、磁気ノイズの大きな環境でも高感度磁気センサの多重差動アレイモジュールとディジタル信号処理を組み合わせる方法によって、微弱な信号磁界を検出できる方法があることを実際に示した。磁気センシング技術の革新である。また、この革新的発想が育ち、即座に実験できる
「技術基盤」が愛知製鋼にあることも注目に値する。これは、「スマートフォン電子コンパス用の高感度マイクロ地磁気センサチップの量産技術」である。
2.技術の社会性
上記の自動運転現地実証試験で判明したように、「人間のように、昼夜、天候に左右されずにクルマの走行ラインを安定に検知できる磁気ガイド技術」が開発されたものであり、「自動運転技術の中に、人間の生命を託すことができる技術がある。」ことを示した意義は大きい。これは科学技術で社会の進歩を進める面で、大きな勇気を得るものである。「技術の社会性」への寄与が大きい。
3.新技術の波及性
本技術は、いわゆる「ウエアラブルセンシング」、「I-o-Tセンシング」の技術開発に当たっての基本的心構えを示している。すなわちこれらのセンシングに役に立つセンサは、「人間のように、昼夜、天候に左右されず、環境ノイズの大きな環境でも繊細な情報を検知できるマイクロセンサシステム」である。われわれはこのような要件を満たすセンサがこれまでほとんど存在しない現実に気がつくとともに、本技術が磁気センシング分野でのひとつの先導技術であることを意識するものである。人間のようにタフなセンサを構成する場合は、繊細かつタフな素材から選定する必要がある。アモルファス磁性ワイヤは、高感度でタフな磁気センサを構成する有力な磁性材料である。